2011年11月6日日曜日

[日常]製造者責任ってのはどこまでだ?

日経ものづくりの8月号だったろうか? 製造者責任に関する話が掲載されていた。
とある遊園地のジェットコースターからの転落事故検証に始まり、様々な製品に対しての、日本と諸外国の考え方の違いといった切り口での紹介だったと思う。

ジェットコースターからの転落事故では、安全バーのロック状態を目視でしか確認しておらず、またアンロック状態でも発進できてしまうことに警鐘を鳴らしていた。そこはその通りだと思う。アンロックの状態であれば発進できないシステムで有るべきだと思う。利用者は自分でどれだけ注意しようがどうしようもない場面なのだから。

紙面を進めると、もっと身の回りにあるような製品に関する話に。例えばおもちゃの電池ボックス。昔の製品だとマイナス端子側は巻きバネになっていたことも多かったと思うのだけれど、あれだと電池を出し入れするときに伸びてしまい、電池の皮膜を傷つける危険性があると。だからバネの部分を隠すようなカバーをつけて販売するメーカーがある、という紹介。
あぁ、なるほどアイデアだな、と思った。付加価値だよね、と。
ところが、紙面的には「これくらいやって当然」という論調。「んー・・・?」と思いつつも読み進める。

次の事例は確か洗濯機だったかな? 脱水中は高速回転しているけれど、なんらかの都合で脱水中に蓋を空けて中身を確認したくなったとする。その際、脱水機が回転中に手を入れて怪我をしてしまう恐れがある。回転中は蓋にロックが掛かるような仕組みを洗濯機メーカーが搭載している。
で、ここでも紙面では「当然の措置」と断じる。

どうもこの記事には私は同調出来なかった。記事の内容としては、
「日本のメーカーは事故が起こった際、『国の基準は守っていた』と逃げることが多い。国の基準を守ることなど最低限で、利用者のことを考えればもっと高い安全性を担保すべきだ。そうでなくては欧米諸国に勝っていけない。」
という主旨。

それはちょっと違わないか? と思うんだけれどどうでしょう。
国の安全基準で不十分なのだとしたら、それは正すべきは国の基準じゃないのか?と。 国の基準で安全性を担保し、それ以上の安全性を提供するのは付加価値なんじゃないのかと。

この記事ではまるで高い安全性を確保するためのコストについて語られていない。より安全性の高い商品を買おうと思ったらそれだけの対価を支払うべきじゃないの? やすい製品はそこら辺の安全性をある程度使用者の責任にしているから安いって言うことじゃないの?

大体、脱水槽が回転している状態で手を突っ込んだらあぶねーのなんて分かりきっているだろう? 小さな子供が間違って手を入れてしまっては危険だからっていう意味でのチャイルドロックなら理解できる。だけれど大人が使う分にそんな配慮が必要だろうか? このロック機能はコスト的にほとんど変わらないだろうから題材としては適切じゃないかも知れないけど、自分が一人暮らしで使う分にはそんなアホなことしねーから安い方を買う。

大体、あらゆる危険から遠ざけたら危険を危険として認識できなくなると思うんだけどね。その心配のほうがでかいわ。
今はガスコンロに立ち消え防止とか吹き零れ注意とか色々と便利機能がついててステキだけれど、その分、天ぷら油での火災の危険性を忘れて行ってないかと心配になる。

ガスコンロは天ぷら油での火災の危険性を大いに減らしてくれるんだけどさ。てんかすを熱いままで一箇所に固めておいてしまったら燃え出す危険性があるんだってね。まぁ結構な量が必要になるんだけれど、たくさんの天ぷら作ったときにきちんと冷ましてから捨てずに固めてたら、中心の熱がどんどん上がって燃え上がるんだそうで。
「天ぷら油は熱しすぎると発火する」
って常識を持ってなかったら気付かず火事になりまっせ。これはガスコンロの安全機構では防げやしない。どうなれば危険なのかを知っていないと防げない。

製品の安全性を高めるってことはもちろん大切なんだけどさ。それより、それらがどうして危険なのかをきちんと啓蒙することも忘れちゃイカンと思うんだがねぇ。なんでもかんでも製品に押し付けるなよ、とか思う次第でありました。