2009年12月1日火曜日

[日常]とてもじゃないが語り尽くせない

この数日は実に濃い日々でした。私にたくさん大事なことを遺してくれた祖母の冥福を、心から祈ります。
こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、私は人の死というものをまだはっきりと理解できていません。
私は兵庫に住んでおり、祖母は鹿児島に住んでいたので、会う機会がそれほど多くなかったんですね。
これまでも、幾人かの親族がなくなりましたが、非常に近しい人の死にまだ立ち会って居りません。そういう意味で、私はまだ半人前なのかも知れませんね。
父方の祖父母は私が小さいときに他界し、母方の祖父母もこれで他界されてしまいました。寂しくなります。
ただ、有難いことに、両親の実家の方々からは
「じいさんばあさんは居なくなったが、いつでも帰ってこい」
と言っていただいてます。これまでは金銭的な問題で気軽に帰れませんでしたが、今は多少の蓄えもあることだし、長期の休み、いとことタイミングが合うなら一人でもいいからふらっと帰ろうかな、と思ってます。
今回の法要にて、坊さんの説法で
「遺された私たちは、偉大なる先祖の死から、なんでもいいから一つでも二つでも学んで帰らなくちゃいけません」
と話されておりました。この坊さんの説法は私は気に入らなかったんですが(苦笑)、この言葉だけは印象に遺っています。
一つや二つ何かではなく、数え切れないほどの贈り物をいただきました。今回、ばあちゃんの孫が10人、初めて揃ったそうです。私にとってはいとこ同士。これまでなかなか在って話す機会もありませんでしたが、お互い酒が呑める年になり、非常に楽しい時間を過ごせました。これもきっとばあちゃんが遺してくれたものの一つでしょう。今度から気楽に親の実家を訪ねられます。
ばあちゃん、長い間、お疲れさまでした。ゆっくりと、おやすみなさい。