2005年6月2日木曜日

Winnyに見る輪の崩壊

基地局情報がネットに流出 NTTドコモ東海
また、Winny絡みで流出事件ですね。この記事からは社員の『会社の』PCなのか『個人の』PCなのかが書いていないので分かりませんが、いずれにせよ、この会社員は「何やってんだよ」といった感じの事件ですね。
会社のPCでWinnyを使っていたのなら、その社員の資質が主に問われるでしょうね。会社で一体何やってんだ、と。
個人のPCでWinnyを使っていたのなら、その会社の資質が主に問われると思います。会社のデータを一社員が持ち出せてしまうのか、と。
しかしまぁWinnyでファイルのやりとりをするのがなくならないですね。映画が公開されれば海賊版が登場し、ネット上でばらまかれる。
でも、ちょっと考えれば分かることなんですよ。それが結局、自分達の首を絞めているということを。
モノを作るためにはお金が必要。お金を得るためには作ったモノを売らなくてはいけない。売るためには買い手を見付ないといけない。買い手を見付るためには買い手を満足させるだけのモノを作らないといけない。買い手は気に入れば作った人へお金を支払う。おのループの繰り返し。
ここで、買い手がお金を出さずにモノを手に入れたらどうなるか。モノを作った人にお金は入らず、モノを作ろうにもお金がないので作れない。作れないから買い手はモノを得ることが出来ない。ほら、悪循環。こうなってしまうことくらい、考えればすぐ分かることなのに。欲しいモノがあるならば、それを作った人へ相応の対価を支払うのが道理でしょう。モノに見合っただけの対価ではない、そう思ったならば買わなければよいのです。そうすれば、自然と淘汰されていくでしょう。
今はちょうど過渡期なんでしょうね、建築物や食器、PCパーツなど実体を持ったモノと違い、音楽や映画といったデータというモノにふさわしい『対価』を探る。
販売形態も考えなくてはいけないのでしょうね。音楽を例にとると、非可逆圧縮を掛けた音質の低めのファイルを安い値段でネットワークで配布する。それを聞いて気に入った人が、CDやDVDの高音質のモノを買って楽しむ。それでさらに気に入ったのなら、ライブ等で生の音を楽しむ。CDやDVDからはリッピングをある程度制限してもいいと思うんです。だって、安い値段で配布されてるんですから。聞きたい人だけが、高音質を楽しめばよい。さらっと聞き流すだけなら、音質を低くしていてもいいのではないでしょうか(ここには賛否両論あるでしょうけれど)。
ただただ、消費者を縛り付けてもそれは逆効果だと思うんですよね。北風と太陽のように。でも、消費者ももちろん考えないといけないと思う。作り手に対してお金を払わずモノだけ受け取るのはフェアじゃない。
買い手が楽しみにしているから、作り手は頑張る。作り手が素晴らしいものを用意してくれたから、それに対して「お金」という対価を支払って応える。それが、正しい姿ではないのかな、と思いますが、みなさんはどう思われますか?

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