2005年1月18日火曜日

あれから10年…

今日は阪神大震災から10年目。様々な場所で震災の犠牲者に黙祷を捧げたり、哀悼の儀式を行いました。
私も阪神大震災を経験したひとりです。とはいっても、震源からはある程度離れ、震度は5程度だったと記憶しています。
あの日は大きな揺れで目が醒め、家全体がきしむようにギシギシと鳴っていました。家の一階では食器棚から食器がいくつか落ちて割れてしまったりしていました。
被害そのものはほとんどなかったのですが、今でも私は大小関わらず地震には恐怖感を抱きます。あれ以来、揺れには大変弱くなりました。
ただ、あの頃はまだ小学生で、事の重大さと言うものを余り理解できていなかったのが正直な所です。私が通っている小学校にも被災して違う小学校からしばらく編入と言う形で編入生が来たりしていましたが、当時被災していた彼らの住んでいた地域がどうなっていたかは考えることをしなかったように思います。
しかし、今になって、当時を振り返るドキュメンタリー等を見ると、信じられない光景が目に飛びこんで来ます。まるで特撮映画のワンシーンを見ているかのように、あっというまに神戸の街並が瓦礫の山に…。当時、被災していた彼らはほんとうに大変だったんだな、今さらになってそう感じました。
また、当時は災害、特に地震に対する対策というものがほとんど機能せず、救えるはずだった生命が救えなかった、そういった話も多々報道されていました。それを教訓に、今の災害対策ができているそうですね。奇しくも10年の節目を迎えるに当たって新潟で大震災が起きてしまいました。このときの初動体制は阪神大震災のときと比べて格段に速く機能したそうです。教訓が活かされていて何よりです。
ただ、普段私たちが如何程地震に対する危機感を抱いているでしょうか?私は阪神大震災を経験しているにも関わらず、恥ずかしながら目立った対策は取っていません。いつでも逃げられる用意をしているわけでもなく、一応部屋に懐中電灯は置いてありますが、電池が使えるのかをこまめにチェックしているわけでもありません。
地震列島日本。地震が何時来ても不思議は無い。それを肝に命じる、それが、私にとってこの日の儀式のようなものとなっています。
とりあえず、懐中電灯はついた。…、100円均一でいいからラジオ買って来ておこうかな…。